ハラミッタ

 年末に『般若心経』の記事を書いて久しぶりに仏教の世界に入り込み、年明けの一発目は『三国志』の仕事。
職業ライターなので、「クライアントのオーダーに応じてなんでも文章でエンタテイメントします」ってのが看板なんだけど、中でも歴史・宗教関連の仕事は半分趣味を兼ねているようなところがあるからダラダラやっていてもサクサクと仕事が進む。(笑

『般若心経』の概要はもちろん知ってはいたが、一文字一文字じっくりと噛み砕いて自分なりの解釈をしたのは初めてだった。最後の「ぎゃーてい」から始まるいわゆる「呪文」といわれるところが、『般若心経』の心髄だということも初めて知った。
『般若心経』自体が何百巻からなる『般若経』の心髄なのだから、「ぎゃーていぎゃーてい」は心髄の心髄ということになる。
大乗仏教はとくに大衆のために簡略化するのが好きで、これを回せばお経を全部読んだことになるとか、ここを歩けば仏の体内を巡ったことになるとか、昔から大胆な簡略化が公然と行われてきたのだが、心髄の心髄というのはすごい。なんだかとてもすごい。簡略化の極致。だから『般若心経』は世界でもっとも人気のある経典なのです。
好きなテーマだと話がどんどんそれるが、ゴータマさんがすごいところは全てを語らなかったところにあると思う。「みなまで言うな!」という感じだろうか。
キリスト教やイスラム教のように具体的にああしろこうしろと言っていないから、解釈が果てしなく広がる宗教になった。
端的に言うようなことではないのだが、あえて端的に言うとすれば、こだわりを捨てるということにこだわるのがよくない・・・ということにこだわるのもよくない・・・、という煩悩というループをいかに断ち切るか、ということにこだわるもどうなのか・・・
と、考えれば考えるほどわけがわからなくなってくるわけで、そこから脱出(解脱)すれば執着を一切捨てた涅槃の境地に達することができるのだが、じゃ、どうすれば具体的に解脱できるのかというものすごく重要なことをゴータマさんははっきり言わずにお隠れになった。
だから、仏教のスケール感は無限大ともいえる寛容さを持った。
あえて端的に言うならば、ゴータマさんが入り込んだ仏教とは、ループから抜け出す方法を見つける哲学なのです。

正月五日。
今日も麦焼酎の麦茶割りで酔っぱらいまひた。
脈絡のないところで終わるのは、また続きがあると思って許してつかーさい。
『般若心経』に興味のあるお方はコメくださーい。

『三国志』もやっぱり面白いねぇ。
前に読んだ本の内容をすっかり忘れてるから余計に面白い。
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Commented by okusan at 2017-01-06 12:51 x
ゴータマさんもどうすれば具体的に解脱できるのか
言葉では説明できなかったのかも・・・
Commented by grid303 at 2017-01-06 15:31
「真言」というやつですね。
こうすれば必ず解脱できると言ったら、それはそれで無常ではなくなってしまうっていうのもあるよね。この世に常なるものなどないのだから。
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by grid303 | 2017-01-05 20:58 | Others | Comments(2)

徒然なネ見点

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